人生

「夢は必ず叶う」か?

さて、もうあと1時間程で3月で、この winter quarter も残すところ僅か2週です。


そのあとが final の週で1週間の spring break ののちに次の quarter が始まります。


ので、なんだかんだで、もう3年目もそろそろ終わりが見えてきました!

また、瞬きする間に夏休みになるんでしょうね。



・・・さて、今日はタイトルにあることについて。


これ、ときどき思い出したようにテレビや新聞でちょこっと話題になりますよね。


毎回これの意見を読んだり聞いたりする度「この人達何も分かってないなあー」とか思っていたので、ちょっち僕の意見を書きます。


まず勘違いしている人が多すぎるんですが、「せかいいちのプロやきゅうせんしゅになりたい」とか「おいしゃさんになりたい」とか、あとは「つよいいごのきしになりたい」とか、そういう子供の頃に誰しもが見る「夢」、そんなものは夢とは言わないんです。


たとえ本当に心の底からそういうものに憧れを持ったとしても、それは結局は、世の中のことを何も知らない子供だから、なんです。


確かに、例えばダルビッシュやイチローは、子供の目には本当にかっこよく輝いて見えるのかも知れませんよね。

「あんなふうになって、ゆうめいになって、おかねをいっぱいかせぎたい」

とか思う子も沢山いるんじゃないでしょうか。


でも、歳を取るにつれて、現実はそんなに単純ではないことが見えてくるんです。

それは、単に体格とか生まれ持った才能とかそういうものが自分に不足しているとか、そういうことだけじゃないんです。

野球であれば、プロを目指すのは非常なリスクを伴うことや、仮にプロになれたとしても自分の幸せは他人の不幸の上にしか成り立たないこと、そして活躍出来るのは人生という観点で見ればほんの一時期にしか過ぎないこと、など、そういったことが見えるようになるんです。


それは「おいしゃさんになりたい」も「つよいいごのきしになりたい」も全部同じです。

どんなに遅くても10代の後半になれば、人が子供の頃の「夢」を口にしなくなるのは、多分これが一番の理由なんです。



・・・そう、大人達は、よく「夢を持ちなさい」とか「やりたいことをやりなさい」とか言うじゃないですか。


賭けてもいいですが

「そういうお前はどうなんだ、今やっているそれは本当にお前がやりたいことなのか」

と聞けば、ほぼ例外なく誰も一言も返せないでしょう。


だから、自分が本当にやりたいことを見つけるとか、大きな夢を持つとか、それは本当に難しいんです。


数限りない矛盾があることをしっかり理解したその上で、自分に実現出来る可能性があるような大きな夢を持つなんて、そんなことが出来るのは1万人に1人もいないんじゃないですか。



少し前に

「極論すれば夢なんてものは叶わなくても良くて、それが見つかったというだけで僕の人生はもうこれ以上ないぐらいの成功だったんだ」

と書きましたけれど、これはつまりそういうことだからです。


そして、別にこれは出来なかったときの言い訳でもなんでもないんです。


はっきり言っておきますが、僕は、自分は超一流になれるという100%の確信があるんです。


確かに、それは数学ではないかも知れないです。

ひょっとしたら、本当に advisor の言うように、凡才の自分には絶対に敵わない天才が世の中には数百人とかいて、それを実感したときに数学をやめることだってあり得るでしょう。

でもそれでも、そのときはそのときで、また少し違った道を見つけてその道で必ずや超一流になれるだろうと、そういう確信があるんです。


だから、本当に、夢というものは持てればもうそれでいいんです。


24年間かけて自分の夢をつかみ取った時、あのときにすでに、もう僕の勝ちは決まっていたんです。


さて、では今日はこの辺で失礼します!


ではではー☆

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