人生

日々のつれづれ。

さて、またしばらく放置していたら、もういつの間にか2016年、しかも1月もそろそろ中旬です。


で、いや書くことは色々ありそうなんですが、ちょっとここしばらくは精神の方がかなりの打撃を受けていてとても明るいことなど書けないです。


そういえばちょうど2年前もこんな感じでしたね。


あのときは、初めての一時帰国からこっちに戻って来たときで、だからそもそも気持ちが沈んでいたし、research の方も stuck だったし、授業もものすごく難しくてもうこれはこなせないと思ったし、roommate との仲も悪過ぎたし、あとは2年目の憂鬱とでも言うんですかね、こっちの生活に慣れたせいで当初の感動とか感謝の気持ちとかそういったものが薄れて来て、で代わりに色々思い悩んだりして、まあとにかくそんなこんなで最初の2、3週間ぐらいは結構参っていましたね。

母とスカイプしようとして、回線はつながったけれどこっちの声は何故か向こうに届かなくて、それがまさしく自分のそのときの状況を表しているようで、もう本当に絶望的な気持ちになったり、なんてこともありましたね。


なんというか、今はその当時と結構状況が似ている気がします。


数日前から腰が何故かものすごく痛くなって、それが更に making things even worse な気もしますが。

あとしばらくして治らなかったら病院に行った方が良さそうですね。かなり痛いです。


まあとにかく、こうやって思っていることを吐き出すと多少は楽になるので、もう読み手のことなど考えずに好き勝手書きます。まあ、ぶっちゃけいつもそうなんですが。


・・・ やっぱりね、この生まれ持った僕の性格というか性質は、こういうときにはものすごく堪えるんですね。前も何度か書きましたけれど。


こういうときには本当に孤独感が堪え難いです。頼れる人が誰一人いなくて(実際は2人ほどいるのでそれは救いですね)、自分がこの異国の地で完全に一人ぼっちに思えて、もう涙が止まらないです。


でもそれでも、今はまだまだマシなんですよね。両親も今のところはしっかり元気だし、自分も人生という観点で見ればまだまだ若いし、それに体も健康なので。


でもそれは、どれもずっとは続かないから、そのうちに両親もいなくなって、自分も若くはない年になってそして体も少しずつ衰えてきたとき、そのときに僕の人生が残り何十年だかは分からないけれど、でもそのときそんな中、このくそったれな世の中をたった一人で生きるなんて、自分にそんなことが本当に出来るんだろうか?それは本当に堪え難い孤独ではないのだろうか。


「僕はもう生まれてしまって、そして死ぬまでは死ねないのだから、だからもう前を向いて生きるしかない」


そんなことぐらいもちろん分かっているけれど、でもときに、それは本当に不可能にも思えるぐらい気持ちが沈むこともあるんですね。

こんなときは怖いです、残りの人生が本当に。


生涯の伴侶が見つかればそれは素晴らしいことだと思うのだけれど、僕の場合、妥協して適当な相手と結婚することはあり得ないし、それに僕は初めの26、7年間誰も特に深く好きになったこともないような人なので、候補になる人と出会うのはせいぜい人生で2、3回ぐらいだろうから、本当に生涯一人かもしれないですね。


まあでも、この世ももうどうなるか分からないし、最近の情勢を見るにひょっとすると本当に人類はもうあと50年持たないかもしれないので、自分一人であれば人類なんていつ滅んだって構わないわけだから、他者に責任を負わない分ものすごく気楽なので、そういう意味ではそれはそれで良いこともあるのですが。

(ところで、いつか書くつもりだったんですが、僕は程度の差こそあれ「人類なんていつ滅んでも構わない」といつも思っています。)


・・・さて、まあ人が読んだらドン引きするぐらい、多分今までで一番暗いことを色々書きましたけれど、でもあとで精神が回復しても消さずに取っておきます。


これは日記でもあるわけだし、また将来落ち込んだときに、昔書いたものが全部普段の調子だったら余計落ち込みそうですしね。


・・・さて、色々吐き出したら少しだけ楽になった気がします。気がするだけかも知れないですが。


ではでは。

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