人生

数学をする理由

さて、昨日はすさまじく久しぶりに夜の5時頃からずっと雨が降ったので、一切外出をせずひたすら引き蘢っていました。

(数時間以上、外出をしたくないぐらいの雨が降るということはここでは非常に珍しいです。初めてかも知れません!)


で、昨日今日はいかに自分が疲れていたか思い知りました。


朝起きたのは9時ぐらいなのだけれど、ソファーに横になって論文を読んでいると、気がついたときにはもう意識を失ってしまうんですね。


平日はやることが山積しているし、朝も毎日早くから授業か discussion があるし、やっぱり、そこまで自覚はないけれどいつも気が張りつめているんですね。


・・・さて、で、今日は数学をする理由について。

僕が数学をやっている理由の一つ、それは

数学は最も凡才に有利だと思うから

です。


若くしてピークが来るものと違い、数学という学問は、この世のありとあらゆるものの中で最も難しいものであるが故に、ピークを迎えるのが最も遅い。

だからこそ、モチベーションを維持し続けることが本当に難しい!

若い頃は、天才は「数学で世界一になりたい」とか「考えるのが楽しい」とか、または「数学を愛しているから」とか、そういった理由だけで数学に没頭することが出来るかも知れないけれど、それだけではずっとは続かない。

「世界一になる」とか言っていても、20代半ばにもなれば上には上がいることを悟るし、百年続くと思った愛もいざ結婚してみれば5年も経たずに冷めるように、「数学を愛している」とか言っても、その知的好奇心や情熱の炎は必ず衰える。


そして、まともな感受性を持っている人間であれば、どんなに才能がある人でも

「上には上がいるのに、数学なんて(少なくともすぐには)社会の役に立たないのに、世の中の人間は額に汗をして働いているというのに、それなのに自分はこんなことをやっていて良いのだろうか、自分がこれをやっている意味はあるのだろうか」

という問いにぶつかって悩み苦しむ時期が必ず来る。

(これに関してはまた今度書きます。ちなみに今の僕は、この問いに対して確固たる答えを返すことが出来ます。)


だからこそ、「数学をやる」ということはそれこそ長い長いマラソンのようなもので、若いころに神童と呼ばれたような人が、ずっとそのままのペースで走り続けるとは限らない。

数学オリンピックのメダリストとかでも、確かにそのときは天才と言われても、十年、十五年後、数学を続けている人の割合は決して多くないし、そのときになってもまだ他の数学者と比べて outstanding である人の割合は本当に少ない。


だから、そんなんだから、数学というものは正真正銘の天才を除いては、最も天才に不利」なもの、なんです!


・・・という訳なので、結局は、普通の天才よりも僕のような人間の方が、悩んで苦しんで挫折してもがいて血反吐を吐いて、その結果揺るぎないモチベーションを獲得した Takahashi Yuki のような凡才中の凡才の方が余程数学に向いているんじゃないかなあと、最近は思います。


それに、若いときに全く大したことのなかった凡才中の凡才が、40、50ぐらいの歳になったときに、research でも teaching でも教養でも人間としても(普通の)天才に勝るなんて、それこそ完璧に勝つなんて、(たとえ実現しなかったとしても)まさに男のロマンではないですか! ^^



・・・さて、書き残したこともあるので、それはまたそのうちに。


ではでは!

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