Ph.D.

推薦状について

大学院入学には推薦状というものが必要だ。

この推薦状だが、通常は大学の先生にお願いして書いてもらうものだ。

大抵の大学院は3通の推薦状を求める。

職場経験のある人だと上司や同僚に書いてもらうこともあるようだが、 全て職場の人、というわけにはいかず、普通は大学側がホームページで

「最低1通は数学科の先生に書いてもらうように」

のような指定をしてくる。

また、大学院によっては「数学科の教授からの推薦状を一番重視します」のように言っているところもある。


で、この推薦状だが、これはおそらく、アプリケーションの書類の中で、1,2を争うぐらい大切だ!

アメリカは、日本より遥かに「コネ」を重視する国で、信頼できる人からの紹介を非常に重視する ということらしい。

だから、この「コネ」は、知り合いだから優遇する、とかそういう意味ではない。

日本のように、この語にネガティブな意味は全くない。

アメリカでは、推薦状を書くときには、日本のように被推薦者を必ず持ち上げる、といったことは絶対にない。


これは大学院入学だけでなく、会社に人材を紹介するときなどでも同じだ。

良い推薦状に書いてその被推薦者が大したことなかった場合などは、推薦状を書いた人の信用に関わるからだ。(と京大の青谷先生が書いた「超☆理系留学術」に書いてあった。)

だから、(これはどこで読んだかは忘れたのだが)名声ある教授ほど、書く推薦状に細心の注意を払うらしい。


・・・ということなので、この「推薦」というのも、なかなか悪くない制度だと個人的には思う。


なのだが、これから留学をしようとする日本の学生には推薦状はなかなか厄介な問題だ。

その理由は、たくさんあるのだが、いくつか列挙すると

1)そもそも英語で書かなければいけない

2)(先生が)推薦状というものを書くことに慣れていない

3)(先生が)推薦状を書くことを自分の仕事だと思っていない(ことも多い)

4)海外まで名が知れている先生は多くない

5)推薦状を書いてもらう程、仲のよい先生がいない

などだろうか。


1)〜4)は先生側の問題、5)は学生側の問題だ。

1)、2)は、まあ当然だ。日本人は英語が苦手だし、推薦状などは日本には存在しない(かどうかは知らないが少なくとも一般的ではない)からだ。

3)は、別に悪い意味ではなく、その通りの意味だ。(日本の先生を非難している訳では全くない。)

アメリカでは推薦状は非常に一般的なものなので、先生たちは当然推薦状の重みも知っているし、推薦状を書くことを自分の仕事だと思っている。

が、日本はそもそもそんな制度がないうえ、自分の研究室の学生ならともかく、他の研究室の学生の推薦状を書くなんて面倒だ、と考えるのが普通だろう。

(念のため繰り返すが、これらは全て一般的に考えられる困難であって別に僕のことを書いている訳ではない。)


5)は学生側の苦労だ。

推薦状を書いてもらう先生は、自分のことをよく知っていて、かつ自分を評価している先生であるのが理想だ。

アメリカの学生はこれをよく知っているからこそ、1年生のころから先生の office hour に質問に行くとか、他にも色々な方法で先生に自分を知ってもらおうとする。

だが留学生はというと、大学1年の頃から留学を志していたならともかく、もっとあとで留学を考えるようになった人は、大半は推薦状のことはあとになるまで知らないだろう。

だから、アメリカ人の学生のように、積極的に先生に質問にいくとか、そういうことを普通はしていない。

よって、自分のことを良く知っていて、自分を評価している先生の推薦状を3通集めるなど、かなり大変なのが普通だろう。


とまあ、推薦状はとにかく厄介だ。

ある程度は本やネットで情報が手に入るから、それも参考にすると良いと思う。


 ・・・そういえば、ぼくの場合だが、ぼくは

1)指導教官

2)学部4年のときのセミナーの先生

3)学部の頃からとっても仲の良かった数理生物学の I 先生

に書いてもらった。

ちなみに、I 先生は、学部3年のときの数理生物学の授業が非常に面白かったことから仲好くなった。

この先生は知識も非常に豊富で、興味も幅広い。(生物から芸術まで!)

 ぼくは将来、この人のようになりたいと思っている。

(これは全く個人的な感想だが、今の日本の大学にはこういう魅力的な先生があまりいないように感じる。)


長くなったので、今日はこの辺で切り上げます。

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