日記

新学期。

さて、いつの間にやらもう10月も一週が過ぎ、こっちに戻ってきたときの暑さは何処へやらで、気温ももう大分下がってきました。

仕事の方はというと、10月1日から正式に埼玉大に赴任となりました。少し前まで色々とバタバタしていましたが、昨日今日でやるべきこともようやくあらかた片付き、大分落ち着いてきました。

科研費に応募するという大きなミッションが残っていますが(来週の月曜までに first draft を書き上げないといけません)、それが終われば研究に本腰を入れられそうです。

この科研費、ずっと世界を廻っていたので今まで一度も応募したことがなく勝手が全く分からないんですが、埼玉大学には研究支援課というこういう書類を書く手助けをしてくれるところがありまして、この間お邪魔したら丁寧に色々と教えてくれたので本当に助かりました!


数学科は、というと、professor 同士が喧嘩をしていて雰囲気がめちゃくちゃ悪い、などということは全くなく(日本でもアメリカでも学科内の professor の仲が険悪というのは非常に良くあることです)、運営業務も協力しあって仲良くやっているようです。

とても spacious なオフィスを一人で使えるし、冷蔵庫やソファーは学科の予算で買えるとのことだし、居心地は非常に良いです。


・・・さて、仕事以外はというと、せっかくださいたまに戻ってきたわけなので、地の利(なにせ渋谷新宿池袋まで電車で一本です)を生かしてまたサルサを習うことにしました。

例の(事実上)無毒なウイルスのせいでどこもまだ完全には元どおりになっていないようですが、それでも東京には習えるところはかなりあるし、六本木あたりまで出ればサルサバーもたくさんあるようなので、やはりこういうときにはださいたま住みというのは本当に強いです。仙台は本当に素晴らしい街でしたが、でも仙台では絶対にこうはいかないので!


で、そのウイルスはというと、皆いい加減無毒であることに気がついてきたのかそれともただ単に騒ぐのに飽きてきたのか、もう大分落ち着いてきたようですね。

電車内では95%以上の人はマスクをしているし新宿では外でもそんな感じでしたが、圧倒的マイノリティーである僕に何か言ってくる人などは皆無です。それこそ一瞥だにされないです。

結局マスクなど、皆、トラブルに巻き込まれるのが嫌でやっているだけなのではないでしょうか。

世の中には言いやすい正論と言いづらい正論があるので声を上げる人は非常に少ないですが、僕ほど極端ではないにせよ、この騒動を心底愚かだと思っている人はかなりの数に上るのでしょうね。(小学校で習う割合の概念を知っていれば分かることですからね。)


・・・さて、では今日はもうこの辺で失礼します!^^

埼玉大学のキャンパス内。ミシガン州立大の駐車場(の1つ)より小さいぐらいですが、これはこれで嫌いではないです。

僕のオフィスです。綺麗だし広いし大満足です ^^

税込5280円の多肉植物です。流石にこれは運営費では買えませんでした(笑)

種から育てる水草キットです。税抜き1980円。これらに加え大きめの観葉植物をあと2つほど買おうと思っています。緑が精神に与える影響は決してバカに出来ません。

1週間ほどで発芽するらしい。楽しみ ^^


POSTED COMMENT

  1. たこ より:

    個人レベルでウイルスに罹患して死亡する危険性が低いという話と、社会にウイルスが蔓延することを食い止めようという話が混同されてるように感じます。
    例え話ですが、自分が交通事故に遭うことはないだろうと思っていても交通ルールを遵守することは重要です。なぜなら市民全体で交通ルールを守ることで交通事故の犠牲者を減らすことに繋がるからです。
    重症化することが稀なウイルスであっても犠牲になった人達が大勢いることも事実です。ウイルスの蔓延を防ぐという意味でマスク着用は有意義だと思いますがどうですか?

    • SNOW より:

      貴重なコメントありがとうございます。

      交通ルールの遵守とマスク着用を同列に比較するのは全くナンセンスです。なぜなら、交通ルールを守らないことによる死者数とマスクを着用しないことによる死者数があまりにも違いすぎるからです。(これが上に書いた割合の話です。)

      交通事故による死傷者は年間50万です。対して、コロナによる死者は1日にわずか数人です。(正確には、報道されているのは「死亡したときにコロナに罹っていた人の人数」なので実際のコロナによる死者はそれよりも少ないのです)。

      ものごとは、常にメリットとデメリットを天秤にかけて考える必要があります。

      仮に、マスク着用がウイルス蔓延に効果があるとしても、皆が常にマスクをすることを強制することによる社会的損失の方がはるかに大きいと考えます。

  2. たこ より:

    返信ありがとうございます。

    確かに防疫と経済のバランスを考えることは重要です。ただ、経済活動・人々の移動を制限しないことで経済がかえって悪化するというスウェーデンの例もあります。私は徹底的にウイルス対策を行うのが最も経済的損失も少ないという意見です。いくらコロナを恐れるなと主張しても、コロナが蔓延する限り人々の経済活動が滞るのは避けられないでしょうから。

    マスク着用は経済的損失も少ない対策ですし行うに越したことはないかと思います。(効果がどの程度かは不明ですが検証を待っている時間はありませんし…)

    • SNOW より:

      スウェーデンは確かにそうでしたが、日本とは事情が全く異なります。

      理由は不明ですが、日本では人口当たりの死者がヨーロッパと比べて桁が2つ少ないのです。日本では、コロナより風邪やインフルエンザの方が遥かに多くの死者を出しているのです。

      風邪に対しては無頓着であるのに、それより遥かに弱毒であるコロナのために徹底的に対策を行うというのはどう考えてもナンセンスではないでしょうか?

      また、マスク着用を強要することによる社会的損失は決して小さくないと考えます。

      確かに経済的損失自体は大きくはないかもしれませんが、それは国民が極めて弱毒なコロナというウイルスを過度に恐れる要因となり、同調圧力や自粛警察による犯罪行為、感染者への誹謗中傷など、社会の分断の直接の原因となるからです。

      また、コロナが蔓延する限り人々の経済活動が停滞するのは避けられない、というのも正しいとは思えません。実際、それより遥かに危険な風邪が流行っているときには人々は普通に経済活動を営んでいたわけですから。

      コロナは恐れるようなものではない、ということを、分かっている人間が言い続けることが最も早くこの騒動を終息させる道だと考えますが、どうでしょうか?

  3. たこ より:

    風邪よりもはるかに弱毒とのことですが、これは根拠があるのでしょうか?(純粋に知らないので聞いています)
    憶測ですが、無対策のコロナ>無対策(例年通り)の風邪>対策を行ったときのコロナ、という風に死者数の大小関係があるんだろうと思っています。風邪よりも弱毒に見えるのは対策を行なっている為に死者数が抑えられているという結果では無いでしょうか?
    確かに日本での死者数は少ないですが、対策を講じてきた結果という可能性は否定出来ないと思います。ブラジルやスウェーデンのように経済優先のノーガード的な政策を取った結果死者数が増大し、経済も悪化してしまうという例があります。日本が同じような政策を取ればどうなるかは誰にも分かりませんが、大失敗した先例がある以上、危険なことだと思います。

    • SNOW より:

      日本の人口は1億を超えていて平均寿命はおよそ80であるので、単純計算で高齢者が毎年100万以上亡くなります。

      そのうち、風邪が直接の原因となって死亡(風邪をこじらせて肺炎になるなど)する割合をかなり少なめに見積もって仮に10分の1とすると、風邪で命を落とす人は年間10万程度となります。

      対して、報道されている日本でのコロナ死者は現時点で1500程度です。ただし、上に書いたように、これはあくまで「死亡したときにコロナに罹っていた人の数」なので実際の死者はせいぜい数百人だと予想されます。

      もちろんこれはかなり粗い議論ではありますが、それでも風邪による死者数はコロナによるそれの100倍のオーダーだというのは間違いないでしょう。

      (オーダーというのは「数倍の違いを無視すれば大体その程度」という意味の理系用語です。)

      確かに、おっしゃるように、「対策を講じてきたため死亡者が少ない」というのは事実でしょう。

      ですが、日本は外出禁止令を出したわけでもなんでもなく、今は仕事も大部分は再開し、小中高も授業を対面授業を開始し、さらには Go To Travel までやっています。

      今の「対策」を仮に全て外しノーガードの政策をとれば、確かに死亡者は増えると予想されますが、それでも2倍3倍になるとは考えづらく、ましてや10倍になるなどはまずあり得ません。

      (それに仮に10倍になったところでそれでも風邪より大分弱毒なのです。)

      また、ブラジルの政策は失敗、とおっしゃっていますが、これも正しいかはどうかはかなりクエスションだと思います。

      ブラジルは経済も非常に不安定で、治安も悪く賃金も生活水準も低い国です。もし完璧なコロナ対策をすれば、そのダメージはノーガードを貫いた場合のそれより遥かに大きい、ということも十分あり得るのではないでしょうか?

  4. たこ より:

    風邪による死亡者数の推測は乱暴な計算に聞こえます。少なくとも致死率という点では風邪よりもコロナウイルスの方が遥かに高いというのは間違いないかと思います。
    https://r.nikkei.com/article/DGXMZO62259830U0A800C2PE8000?s=5

    > もし完璧なコロナ対策をすれば、そのダメージはノーガードを貫いた場合のそれより遥かに大きい、ということも十分あり得るのではないでしょうか?

    もちろんそういう可能性も考慮するべきです。だからこそ「コロナ対策は愚か」と一蹴せずに様々な方策を考慮すべきというのが最初に言いたいことです。
    私の考えを言えば、ノーガード政策を行うと感染拡大によって結局人々は萎縮して外での消費活動が減少してしまうと思っています。結局は感染者数をコントロールしつつ段階的に外周制限を緩和するのが経済的にも人命的にもベターかと思います。

    • SNOW より:

      日本においては、致死率で風邪よりもコロナの方が遥かに高い、というのはまず間違いなく誤りです。

      その致死率の分母は「感染者の数」ではなく「検査によって感染者と確認された人の数」なのです。そして、コロナというものは、大体が風邪程度の症状かもしくは症状が一切出ないものです。ですので、実際の分母はそれより遥かに大きいのです。こういう場合には致死率などというものはなんの目安にもならず、死者数が最も確かな指標となるのです。

      これだけ経済活動を再開させた状態で、風邪やインフルエンザより遥かに高い致死率をもったウイルスが蔓延しているにもかかわらず死者が風邪の100分の1しか出ない、などということは常識的に考えてありえないと思いますが、どうでしょうか?

      日本においてはコロナは風邪ですらない、というのはデータから確実です。よって、そのコロナのために徹底的な対策をするというのはナンセンスなのです。

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